
Kohei TAKAHASHI
Para Alpine Skier

ずいぶん前から最後はこの写真にしようと決めていました。平成29年のチリ合宿の写真です。最近は森井大輝選手(座位)の家に入り浸りでトレーニングさせてもらったり、車のレース観戦に連れていってもらったりと(大輝さんはトヨタ所属の選手)、半ば大輝さんの家の子になってしまったのではと思う位お世話になっているのですが、でも、幸平がパラ選手となり、今日まで選手として続けてこられたのは、この二人の偉大な先輩(小池岳太選手(右)、三澤 拓選手(中央))のおかげであることは疑いようがありません。幸平の周囲の環境は当時と大分様変わりしてしまったけど、二人は変わらずに幸平に寄り添い、引っ張り続けてくれた。
この写真の時はまだ高校生。二人の先輩に比べて脚が細いことにご注目ください。ですが、今は同じくらい太くなりました。このことが先輩を追い続けてきたことの証です。男子立位には、メチャクチャ早い先輩が二人もいたこと、つまり追いかける目標が存在してくれたことは幸平にとって幸運以外の何物でもなかったとつくづく思います。パラ選手となって約10年、二人の先輩、そして二人と変わらないほど幸平のことを助けて頂いた大輝さんをはじめとする男子座位の選手の方々に恩返しするためにもミラノ・コルティナ冬季パラリンピック目指して頑張っていきます。
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あいさつ
『日頃より温かいご声援とご支援を賜り、誠にありがとうございます。
昨年度は、スポンサー様、皆様のご支援のおかげで数多くの国際大会に挑戦することができました。その経験を通じて、自分自身の成長を感じるとともに、2026年冬季パラリンピック・ミラノコルティナ大会に向けて着実に歩みを進めることができております。
今シーズンは、ミラノコルティナ大会の前哨戦ともいわれる「スロベニア世界選手権」に出場し、回転競技で10位を獲得することができました。この結果を、自信と課題の両面から受け止め、さらに練習を積み重ねてまいります。
そして、2026年冬季パラリンピック・ミラノコルティナ大会では回転競技で金メダルを日本に持ち帰ることを最大の目標にこれからも挑戦を続けてまいります。
今後とも応援、ご支援のほど宜しくお願い致します。
令和7年10月 髙橋幸平
活動理念
『パラリンピックには、自己に残された能力を最大限に発揮し、人間の可能性を追求することで人々にチャレンジ精神と希望を与えるという精神があります。そして、「勇気」「強い意志」「インスピレーション」「平等」という四つの価値があります。私はスキー活動をする過程でこれらの精神と価値の実現を目指したいと考えており、最大限の努力をするつもりであり、応援してくださる皆様にこの気持ちを届けたいです。
私は人と人との繋がりを大切にしたいです。私は岩手県立盛岡農業高校出身で、農業では特にも人と人との繋がりが大切であることを経験しています。私の所属する株式会社コムニコはSNSを通じて人と人との繋がりを実現する会社であり、私は会社の仕事とスキー活動を通じて人と人との繋がりの実現を目指していきたいです。』
やったね!海外戦初表彰台!!
詳しくは「パラリンピックイヤー活動記録」のページに譲りますが、嬉しいニュースなのでトップページにも掲載させていただきます。令和7年12月7日にオーストリア(ドイツ)のレスターヘーエで開催されたFISレースのSL第2戦で海外戦初となる3位表彰台。良かった良かった。

やったね!海外戦初優勝!!
詳しくは「パラリンピックイヤー活動記録」のページに譲りますが、嬉しいニュースなのでトップページにも掲載させていただきます。ミラノ・コルティナ冬季パラリンピック代表の座をつかむため臨んだコロラド ウィンターパークでのFISレースでついに海外戦初優勝を果たしました。令和8年1月5日のGS競技でのことでした。続く6日のGSでも優勝!8日のSL第1戦は落としたものの、9日のSL第2戦でも優勝し、結果4戦中3戦と嬉しい結果となりました。パラ出場に向けてあきらめずに頑張るぞ!!



下段右の写真が第2戦の表彰台。幸平の左がパトリック ハルグレン選手(米)。肩を組んでくれている。フレンドリーだなあ。
GS2連戦を終え、次はSL2連戦。初戦はDNF(途中棄権)でしたが、2戦目はしっかりと優勝できました。これでGS、SL4連戦中3勝!満足できる結果です。幸平によると「ウィンターパークの雪質は日本に近く、グリップする雪のおかげで板を自由自在に扱うことができて気持ちよく滑られた。気持ちの面でも冷静でいられて、毎日レースをするのが楽しみでした」とのこと。
いつも応援くださる皆さまへご報告
『いつも髙橋幸平を応援していただき、誠にありがとうございます。
本日は皆さまにご報告があります。
2026年ミラノ・コルティナパラリンピックの選考について、この1年間、覚悟と責任を持って競技に取り組んできましたが、残念ながら選考から漏れる結果となりました。
この3年間は、TGAチームでも活動しながら競技を続ける中で、自分自身の成長も感じられ、パラリンピックに向けて自分なりに最善の方法を選び、歩んできたつもりです。
レースでは世界選手権10位という結果を出すことができ、北京以降、低迷していた成績も、再び入賞を狙えるところまで戻ってきたのも事実です。
ただ、この1年間のレースを通して痛感したのは、最後の最後の調整で詰め切れないこと、ここ一番のチャンスを掴み切れないこと、運を味方にしきれないこと、そして何よりメンタルの弱さでした。これらが大きな壁となり、目の前に立ち塞がりました。
色々な感情はありますが、今は前を向き、次にやるべきことを見据えて取り組んでいきます。
何が起こるかわからないのが人生。
結果という外的要因に、いつまでも気持ちを引きずられてはいけないと思っています。
自分にできることをしっかり考えながら、これまで共に戦ってきた仲間たちを、これからは全力で応援していこうと思います。
最後に本音を言うと、立位のSLレースは自分が引っ張っていきたかったと思っています。。。。。
ありがとうございました。』
令和8年2月11日 髙橋幸平
【解説】
メリベルWCが終わった夜のこと、半分寝ていた私は幸平からの電話で起こされました。メリベル終了時点でWC8位以内入賞にはあと1つ、獲得ポイント95以下にあと1点、所属競技団体が定めた推薦基準に届かなかったことから、バイタルタイト(競技団体裁量枠での出場。日本人選手の出場枠自体は残っていた)を願い出たのですが、それが認められなかったとの報告でした。
選に漏れたこと自体は、自分が遅いだけの話だから仕方ないと割り切っているようでしたが(本心は分かりません)、彼が心を悩ませているのは、応援して頂いた方にどうやって謝ればよいのか分からない、お父さんどうすればよいか教えてほしい、というものでした。一瞬、嫌な予感が頭をよぎったりもしたので、言葉を選びながら教え諭しました。いやいやいや、お前は一切謝る必要はないよ。お前を応援してくれている人たちは、結果を求めているのではなく、お前が頑張る姿を応援してくれているのだから、と。随分長いこと話しました。
実際、この3年間、所属競技団体からの支援を十分には得られなくなった彼は、高校、大学時代の健常者サイドのスキー関係者を頼り(上本人コメントのTGAとは健常者のスキーチームです)、自分で資金集めに走り周り、一人での海外遠征をこなし、と孤独な闘いを続けてきました。頑張ってきたか?という問いに対しては、躊躇なく頑張ってきたと胸を張って言い切れます。
ただし、所属企業の株式会社コムニコには謝らなければいけません。本人が公式コメントで自社に謝るのはおかしいので、私が代わって謝罪します。3年前、コムニコに支援していただけなければ、その時点で彼の活動は終了でした。先ほど孤独に闘ってきたと書きましたが、それは正確な書き方ではありません。この3年間、彼の闘いを支えてくれたのはコムニコのバックアップチームだからです。だからこそミラノ・コルティナ冬季パラリンピックには何としても出場しなければならなかったのですが、その責務を果たせませんでした。心から申し訳なく思います。
以下、推測を含んでいることをお断りした上で、今回の選考の背景を説明してみます。パラリンピックへの選手派遣は国費によって行われます。国費を使うわけですから当然に事業効果は求められてしかるべきです。ただ、この事業効果の定義が私達と選考側では違ったのだなと思います。選考側が求めたのはメダルです。たしかに、メダル獲得に絡まない選手の派遣は国費の無駄遣いという論理は一理あります。
一方、私達が追い求めているもの、そして立場は少し違うものがあります。このページの中段に私達の活動理念があるので一部再掲します『パラリンピックには、自己に残された能力を最大限に発揮し、人間の可能性を追求することで人々にチャレンジ精神と希望を与えるという精神があります。そして、「勇気」「強い意志」「インスピレーション」「平等」という四つの価値があります。私はスキー活動をする過程でこれらの精神と価値の実現を目指したいと考えており、最大限の努力をするつもりであり、応援してくださる皆様にこの気持ちを届けたいです。』
幸平は小さいころからスポーツの好きな子でしたが、勝負となると負け続けの人生でした。何度悔しい思いをしたかわかりません。ですが、パラアルペンスキーに出会い、初めて公平に競うことができ、勝利することもできました。自分の居場所を見つけた感じです。ですが、何もかもバラ色に変わったわけではありません。依然として出来ないものは出来ないし、勝てないものは勝てません。それでも頑張っているのは、上記の活動理念が私達の活動の根っこだからです。そのため、一つでも順位を上げることに意味を見出し頑張ってきました。正直、もし今回のパラリンピックに幸平が出場し、8位に入ったら、私は歓喜して泣きます。40人からなる男子立位という激戦区で8位入賞というのはそれくらい難しいことです。少なくともメダルを獲得しなければ意味は無いという考えに私は組することはできません。
多分、今回のパラリンピックには、幸平と同レベルの選手を含めたワールドカップメンバーがいつも通りにそのまま出場するでしょう。トップクラスは金メダルを目指して、中団以下は8位入賞を目指して全力を尽くすに違いありません。いつも通りに事が進む中で幸平と仲の良い選手はなんで幸平はいないの?と言ってくれるかもしれません。櫛の歯が欠けたようなパラリンピックを見るのは寂しすぎるので私は見ないつもりです。長い3月になりそうです。
本解説の一切の責任は父親である私にあります
令和8年2月11日 文責 髙橋健太郎
パーソナルスポンサー募集、講演依頼等連絡先
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070608「ブログ」に「ジャパンカップ2連勝」を公開しました。
070614「ブログ」に「千葉県パラアスリート強化指定選手に指定していただきました」を公開しました。
070705「ブログ」に「東京ゆかりパラアスリート認定式出席」を公開しました。
070809「ブログ」に「25-26パラアルペンワールドカップスケジュール」を公開しました。
070816 「パラリンピックイヤー活動記録」を随時更新しています。
070831「ブログ」に「チリ夏合宿開始」を公開しました。
070915「記録、今後の予定」を更新しました。
070928「ブログ」に「読めますか?」を公開しました。
070929「2018ピョンチャンパラ・応援旅行記」を再構成しました。
071003「ブログ」に「紫波町立西の杜小学校で講演させていただきました」を公開しました。
071004「株式会社十文字チキンカンパニー様に御支援していただきました」を公開しました。
071004 ホームページを、2025-26年版に刷新しました。
071018「ブログ」に「小岩井農場に行ってきました」を公開しました。
071026「ブログ」に「欧州合宿出発」を公開しました。
071108「ブログ」に「オーストリアの山最高」を公開しました。
071108「ブログ」に「ガクタさんレポート」を公開しました。
071108「ブログ」に「25歳になりました」を公開しました。
071122「ブログ」に「株式会社東邦パスカル様に御支援いただけることになりました」を公開しました。
071207「ブログ」に「盛岡市立本宮小学校で講演会」を公開しました。
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071214「ブログ」に「イタリアのソルダだよ」を公開しました。
071220「ブログ」に「練習開始!」を公開しました。
071229「ブログ」に「シュタイナーハム・アン・ブレンナーSG1」を公開しました。
071230「ブログ」に「スイス サンモリッツWC」を公開しました。
071230「ブログ」に「日本チームW表彰台」を公開しました。
071230「ブログ」に「閑話休題 中国チームってすごいらしい」を公開しました。
071230「ブログ」に「パラリンピック出場難しくなったけどあきらめないぞ」を公開しました。
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080213「パラリンピックイヤー活動記録」を随時更新しています。(リアルタイムに近い報告が出来るよう頑張ります)




