障害者スキー競技とは
1 障害者スキー競技について
国際パラリンピック委員会(IPC)が統括するアルペンスキー競技、World Para Alpine Skiingは、身体障害の部門と視覚障害の部門に分かれて競技が行われます。さらに、身体障害部門は、立って滑走する立位の部門と、チェアスキーに座って滑走する座位の部門に分かれます。
一言で立位の部門と言っても、人それぞれで障害の程度は違うので、そのままでは速さを競うことができません。そこで、障害の程度によってハンディ係数を設定することで、直接速さを競うことが可能となりました。
例えば、片方の手先が欠損している人はLW6/8-2というクラスに分類され、ハンディ係数による補正無し、実際のタイムがそのまま結果タイムとなります。一方、幸平は片マヒのLW-9/2というクラスに分類され、90%前後のハンディが付されます(前後としたのは競技種目で若干係数が変わるため)。
LW6/8-2の選手が100秒のタイムだった場合、幸平が110秒で滑れば110×0.9=99秒で幸平の勝ち、幸平が115秒だったら115×0.9=103.5秒で幸平の負けとなります。
この障害の程度によるハンディキャップ制度があるため、障害の程度が異なる選手が一つの優勝の座をかけて同時に競うことができます。スキー以外のパラリンピック競技の場合、競技の特性などから、障害程度ごとに競う競技が多いのですが、スキーの場合は、一つの大会における勝者は、立位、座位、視覚障害各部門各1名の3名のみ。
優勝するのは狭き門ですが、それだけ挑戦しがいがあるというものです。
【追記】2022-23シーズンから、統括団体が IPCからFIS(国際スキー連盟)に変更(統合)されました。
2 競技種目
健常者と同じです。スキー競技は、旗門で規制されたコースをいかに早く滑るかを競います。旗門の内側を通って近道すると失格になります。旗門の間隔が短いものから順に、回転競技(SL)、大回転競技(GSL)、スーパー大回転競技(SG)、滑降競技(DH)となります。
技術系種目のSLとGSは2本滑った合計タイム、高速系種目は1本のタイムで競われます。2本で競われる種目の場合、1本目が良いタイムであっても2本目をゴールできなければ失格となって結果は残りません。
3 競技用具
健常者に準じます。スキー板、ブーツ、ヘルメット、ワンピース等々、ルールでFISルール準拠の用具を使わないといけません。幸平はスキー板の長さがSLが165cm、GSが188cm、SGが213cmのものを使っています。
一方、障害者スキー独特の用具も使います。チェアスキーはその最たるものです。幸平の場合は右手をカバーするプロテクターをつけています。これら独特の道具は事前申請して許可を得たものを使います。
4 大会格式
パラリンピック(4年ごと)、世界選手権大会(パラリンピックの中間年)、ワールドカップ(WC)、ネイションズカップに分類されるヨーロッパカップ(EC)、北米カップ(NORAM)、アジアンカップ(AC)などです。 (日本国内最高峰レースであるジャパンパラアルペンスキー大会はACの位置づけで開催されます。)
World Para Alpine Skiingの場合、同一開催地で同一種目が2戦続けて開催されることがよくあります。経費節減のためだと思うのですが、この方式はけっこう良いことがあります。2020年2月、日体大の先輩である小山陽平選手が出場するので多いに楽しみにしていた2020ワールドカップ苗場大会SL競技は、多くの観客が集まるなか悪天候のため中止となってしまいました。World Para Alpine Skiingの場合も、天候不順(大雪や濃霧など)で大会が中止になることは珍しくありません。せっかく遠い外国にまで来て中止になりましたではやりきれないのですが、複数回の予定が組まれていれば、1回くらいは開催できるチャンスがあります。
5 クラシフィケーションとは
クラシフィケーションとは、障害の程度を判定してもらい、障害度のクラスを決めてもらうことです。競技の結果に直結する大事なことなので、FISの決めたスケジュールの日に外国に行って判定してもらいます。(国内試合に出場するだけの場合は国内で受けたクラシフィケーションが有効となるので外国に行く必要はありません)
切断等で症状が固定されている場合は1回の判定で済みますが、マヒや進行性の病気で症状が固定しない場合は定期的に受検する必要があります。
6 障害者スキー競技を始めるには
障害者スキー競技を始めた経緯、困ったことを紹介します。結局、課題解決に至ったことは少ないので、あまり参考にならないかもしれませんが、これから始める方への参考まで。
(1)はじめの一歩
両親と一緒にスキー経験のあった幸平ですが、療育センターの戸来先生と装具製作所に勤める競技経験のあるチェアスキーヤーの高野さんにスキーを教えてもらえることになりました。何回か教えてもらううちに岩手チェアスキークラブのイベント(講習会)に参加させていただき、障害者スキーの関係者との繋がりが広がっていきました。さらにご自身も障害をもつ競技スキー選手である白藤先生と一緒に全国身体障害者スキー大会に参加させていただきました。つまり、幸平の場合のはじめの一歩は「療育センターの先生に導いてもらって」ということになります。
スキーは自然の中で行うスポーツです。自然の厳しさにふれることもありますが、美しさ、優しさにもふれられるスポーツです。障害によっては、自力で移動することが困難な方もいます。そのような方にスノースポーツの楽しさを味わってもらいたい、一緒に楽しみたいと願う人たちが集まり、積極的な活動をしています。岩手チェアスキークラブはその一つです。療育センターや支援学校を通じたコンタクトが叶わない場合は、(岩手県の場合)一般社団法人岩手県障がい者スポーツ協会(盛岡市三本柳8-1-3 https://www.iwate-adaptive.or.jp)に相談してみるのも一つの方法だと思います。
なお、全国に目をむけると、SIA(公益社団法人日本プロスキー教師協会)が障害者受け入れに前向きであり、SIA系列のスキースクールに障害者を受け入れてくれるところがあります。私の知る限り、岩手はまだ無いようなので、今後に期待したいと思います。
(2)競技練習の場
障害者がスノースポーツにふれることのできる機会は探せばあるのですが、競技練習できる場は限られていると思います。健常者のチームに加えてもらうこととなります。受け入れる側にも出来ることと出来ないことがあるので、チームと個別に相談することとなります。
幸平の場合は、地元の矢巾ジュニアスキーチームに迎え入れてもらえました。代表の佐々木松次さんは単に速いレーサーを育てるのが目的ではなく、スキーを一生楽しんでもらえるよう、スキーの楽しさを普及していくことを理念とされている方です。その人柄を慕って多くの人が集まり、矢巾ジュニアスキーチームは、教えるコーチの人数、練習をサポートする父兄の人数とも多く、場合によっては生徒の人数を上回ることもあり、幸平は安心して練習することが出来ました。
(3)困ったこと グローブをつけること
多くのスキーグローブは5本指です。親指以外が繋がっているミトンタイプでも、内部が4本に分かれています。
マヒがある指は、動かすことができず、5本に分かれているグローブをはめるのは至難の業でした。
手のひら型のガイドを作って、指を導こうとしたのですがうまくいきません。
指の分かれたグローブを使うのは諦め、内部のつながったミトンタイプのグローブを求め、岩手に限らず、あちこちのスポーツ店を探しましたが、見つかりません。そのような時、モンベル社が販売している内部が分かれていないミトンタイプのウィンターグローブを見つけ、中学生の頃までそれを使いました。内部が分かれていないばかりでなく、インナーとアウターが分離できるタイプなので、まさに目的通りのグローブでした。
とても良かったのですが、技術のレベルが高くなるとケガ防止のためにパッドの入った競技用のグローブが必要になってきます。そこで、レース用のミトンタイプグローブを購入し、母親が内側を一つにつながるように縫って、それを使うことにしました。高価なグローブに鋏をいれるのは勇気が要りましたし、つなげた内部は少しゴワゴワしていましたが、一応これで問題は解決しました。
成長して指が大きく固くなり、なんとか市販のままのグローブに指を通せるようになったのは、つい最近のことです(ただし、ミトンタイプです。5本指タイプはまだつけることができません)。
(4)困ったこと ブーツを履くこと
グローブほどではありませんが、ブーツを履くのも苦労しました。スキーをしたことのある人はご存知のとおり、固いスキーブーツを履くのは健常者でも難儀します。口が大きく開くリアエントリーブーツ(初心者用に多い)を使っていた頃は大丈夫だったのですが、あまり開かないフロントエントリーブーツ(中・上級者用)を履くのは少し苦労しました。ただ、足首は一定程度力をいれられるので、慣れることで解決しました。
また、マヒがあると痙縮(手足が内側に巻き込むように固まること。足の場合はつま先立ちのような形になる)がおこります。リハビリの目的の一つは柔軟運動を行って関節が固まらないようにすることなので、療育センターの先生に励まされながら取り組みました。同時に足首につける補正用の装具も着用することで、なんとか踵が浮かない形でブーツを履けるようになりました。
(5)困ったこと ストックを持つこと
一人でリフトに乗れるようになった頃、ストックを持って滑るのはいやだ、と言い出しました。
1本でも無いよりは有ったほうがいいだろう、と諭すのですが、言うことを聞きません。
何故かと不思議だったのですが、よくよく話を聞いてみると、大人の人が話しかけてくるのが嫌だと言うのです。なるほど、と思いました。小さい子がストック1本で滑っていたら、リフトに乗っている間に落としたのだろうと考え、誰だって心配して話しかけてきます。
でも、このストック握りたくないは自然解決しました。どうやらリフト係のおじさんには顔を覚えてもらったらしく、大人に心配されることも気にならなくなったようです。
小学生高学年の頃になると、周囲の大人たちがストックを2本持たせることができないかと考え始めました。
スキーはバランスのスポーツです。前後のバランスも均等なほうが良いと考えました。
そこで、右側のグローブとストックの握りにベルクロを付けて、ベルクロで接着する形でストックを持てるようにしました。ですが、ベルクロを介しているために微妙にブラブラしてしまい、バランス保持に役立っていないようだったので、苦労した割にはあっさりお蔵入りとなりました。
ストック問題にもう一度トライしたのは大学2年の冬のことです。日体大の先輩が、握りから30cm位の所で切断した短いストックを作り、ゴムを使ってしっかり握れるものを作ってくれました。左右の重さを揃えるために先端に重りを付けました。握り部分が強化されたのと、長さが短いのでブラブラしません。
滑った感じはとても良いとのことでしたし、私から見ても調子良さそうに思えました。大いに期待したのですが、用具登録申請の関係で使っていません。残念でした。
(6)困ったこと 足裏感覚
これはある程度上手くなってからの悩みです。
幸平はスリッパを履くことができません。正確に言えば、スリッパを履いた状態を維持して歩くことができません(特に階段)。
私はこのことで初めて悟ったのですが、どうやら、健常者が意識せずスリッパを履いて歩けるのは、摩擦力だけで足先にスリッパがはまっているのではなく、無意識に足指先の角度を変えるなどしてスリッパを保持しているかららしいのです。
スキーを滑られる方は分かっていただけると思うのですが、足裏のどの部分に体重をかけるのか(前後方向、横方向のどこに体重をかけるのか、ポイントでかけるのか線でかけるのか)、足指先はどう使うのか(つかむようにするのか、反るようにするのか)、足首を前に傾けるのか傾けないのかなど、ターン中に考え実行しなければならないことはたくさんあり、しかも上級者になるほど考えなければならないことが増えていきます。
ですが、幸平の場合は右足の足裏感覚は鈍いわけです。インプット(雪面からの情報)をうまく取り入れられませんし、アウトプット(インプットを瞬時に判断し、どう体を動かしていくかを決め、その通りに体を動かす)も、そもそもマヒがあって思い通りに動かせないため難しい話です。
冷静に考えると、片マヒの選手は大変だなと思います。早く滑るには左右のスキー板の同調操作(脛を同じ角度で傾け、外足のインエッジと内足のアウトエッジが並行したラインを刻み、板の前後差もできる限りつけない)が必要です。片方は自由に動かせる足、片方は自由に動かせない足、でどうやって同調させるのか、非常に難しい課題だと思います。
(7)困ったこと 足のサイズ、脚の長さ
右足はマヒがあるため使えていないらしく、成長量・筋肉量に差があります。右足のサイズは左足より1cm小さく、脚の長さは1.5cmほど短くなっています。
スキーブーツは諦めて左右同じサイズを使っていますが、脚の長さは補正したほうが良いのではないかと取り組んだことがあります。
平地に立った時、左右の膝を結んだライン、腰のライン、肩のラインは雪面に平行でありたいので、右脚に1.5cm分の下駄を履かせたいと考えました。具体的にはスキー板の厚さとブーツの底の厚さの両方を合わせて1.5cm厚くしたいと考えました。そうすれば計算が合います。ただ、FISルールで板の厚さとブーツの厚さはこれ以上厚くできないという数値が決まっているので、右足をルールの範囲内で厚くし、左足を薄くすることで左右を合わせようとしました。
ショップの協力を得て用具の改良は実施できたのですが、結局実戦導入はしませんでした。スキー板を厚くするということは、そちらのスキー板の操作が難しくなることを意味します。前述の通り、早く滑るためには左右のスキー板の同調操作が必要になるのですが、わざわざ動かせないほうの足のスキー板の操作を難しくしてどうするんだ、かえって同調操作が難しくなるじゃないか、という結論でした。
(8)障害者スキー選手になるには
日本身体障害者スキー協会の主催する「全国身体障害者スキー大会」という大会があります。各県の障害者スキー協会から選手の参加する歴史ある大会で、障害者の冬季国体的な位置づけの大会として、毎年開催県を変えて開催されていました。目標として明確であり(この大会で優勝すれば、全国の1位だと分かる)、また、県協会員がまとまって参加できるため参加人数も多く、他県の協会員との交流も図れる非常に良い大会で、幸平もこの大会に参加することから始めました。
その他に日本障害者スキー連盟の主催する三つの大会があります。
一つは毎年2月ころに長野県のよませ温泉スキー場で開催される「全日本チェアスキーチャンピオンシップINよませ」という大会です。チェアスキーという名称ですが、立位の選手も参加できます。クラシフィケーション(障害度のクラス分け)も受けられるので、最初はこの大会に参加すると良いと思います。
もう一つは、毎年3月前後に開催されるジャパンパラアルペンスキー競技大会と4月に開催されるジャパンカップです。トップチーム選手も参加する大会であり、主催者側で参加の可否を判断しますので、いきなりこの大会に出場するのではなく、前述の全国身体障害者スキー大会やチェアスキーチャンピオンシップよませ等の国内大会で実績を積んでから参加すると良いと思います。
両大会とも障害者スキー連盟の選手登録が必要となります。選手登録、大会参加申し込みとも日本障害者スキー連盟のホームページで手続きできます。大会参加申し込みには期限があるので、予め前年の開催要項に目を通してスケジュール感を把握しておくと良いと思います。
ジャパンパラアルペンスキー大会で実績を残すと、育成枠の強化指定選手に指定されて海外試合にも出場できるようになり、海外試合で結果を残すことができれば、強化指定のランクが上がっていきます。
日本障害者スキー連盟ホームページ https://jps-ski.com
7 身体障害以外のクラス
日本障害者スキー連盟の主催する大会では、身体障害以外に、視覚障害、知的障害の競技が開催されます。開・閉会式や選手ミーティングは全クラスの選手が参加して開催されます。また統括団体は異なりますが聴覚障害も併設開催されることがあります。
ここ数年、ジャパンパラに視覚障害の選手は参加していませんが、パラリンピック等の海外試合では多くの選手がいます。視覚障害も弱視から全盲まで程度が違うので、それぞれにハンディ係数がかけられたうえで競技が行われます。ガイドの選手(この選手は見える)と視覚障害の選手がペアとなります。ガイド役の選手が声などで合図を送り、二人で旗門をクリアしていきます。二人で1チームなので、勝利の栄誉は二人に与えられます。身体障害の選手も凄いと思いますが、視覚障害の選手は、神業に近いと思います。私なんかだと、ちょっと霧がでたり、雪がふったりすると雪面と体の距離感覚や水平感覚がとれなくなって、グダグダの滑りになるくらい視覚は重要なのですが、声かけだけを頼りにゴールできるなんて、本当に信じられません。
知的障害クラスの選手達はとても仲が良いです。各人の特性によって理解力にも差があるはずですが、試合進行の指示など、誰かが理解できていない状況が生じた場合は、他の選手が自然に教えてあげて、何ら支障なく試合は進んでいきます。そして、選手のだれもがスキーが大好きなことは疑いの無いことです。選手によっては気持ちが声となって出てくる選手がいます。もし、このホームページをご覧いただいている方で知的障害クラスの試合を観戦する機会があったら、ぜひゴールを見てください。ヤッターって叫んでゴールに飛び込んできます。それを見ているととても共感します。誇れ、君はこの難コースを見事攻略したんだ、と称えたい気持ちでいっぱいになります。
ジャパンパラにおいて聴覚障害クラスも併設開催されて一緒に大会参加することもありますが、もともとは統括団体が異なるため、Dクラスの選手はパラリンピックではなくデフリンピックを目指します。とても早い選手揃いです。