【コムニコを退職した日】
- 7月1日
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6月30日に契約期間満了をもって株式会社コムニコを退職しました。3年前、日本体育大学を卒業した幸平のチャレンジを応援してくれる企業がなかなか現れず、ほとほと困っていたところに応援の手を差しのべてくれたのがコムニコでした。
私は、幸平がパラリンピックの選に洩れた段階で、コムニコから退職を迫られると考えていました。企業がパラアスリートを雇用する理由は自社のイメージアップのためであり、それが出来ない選手は契約解除されるのは当然だと思っていたからです。でも大間違いでした。今回、退職を役員の方々に申し出たところ、慰留されたとのことです。つまり、コムニコは結果を欲する企業はなく、チャレンジする姿勢を応援してくれる企業だったのです。
今回、幸平が引退、退職するのは、幸平自身が次の人生のステージに進みたいという第一の理由があるのですが、それに加え、私達の努力では解決できない事情が背景にあり、引退・退職以外の選択肢が無いのも理由の一つです。慰留していただいたことは、コムニコが最初から最後まで幸平のチャレンジを応援して頂いたことの証左であり、感謝の念に堪えません。
感謝したいことはもう一つあります。一般的なアスリート雇用では、基本的に出社せずにただただ給料をもらえるという雇用形態が多いのですが、コムニコは違いました。トレーニングやスキー活動をすることが幸平の重要な仕事であることはその通りなのですが、そのような出社しない日であっても必ずリモートでの連絡・会議をこなした上で、結構な頻度で東京の本社に出社しました。そのことによって、社会人としての心構えを随分と鍛えられたようです。もちろん、上司の方からすれば、まだまだ至らないことばかりの半人前なのですが、スキーばかりをやっていると常識知らずのスポーツバカになってしまうところだったので、それを防いでくれたのは本当に良かった。
写真はコムニコも属するラバブルマーケティンググループの集合写真です。東京のIT企業らしく、服装から自由な気風を感じます。写真に入れた矢印の下、前から2列目が幸平です。笑顔でとても良かった。



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